ジャパンカップ 2005年

第25回 ジャパンカップ 2005年

2005年のジャパンカップで、単勝1番人気に支持されたのは前年2004年の覇者ゼンノロブロイ。この2005年はイギリスに遠征し、インターナショナルステークスで2着。帰国後の天皇賞(秋)でも2着に入っている。

2番人気はハーツクライ。これまでG1では、2004年の日本ダービー2着、2005年の宝塚記念2着の実績を残している。前走の天皇賞(秋)からは、手綱がクリストフ・ルメールに託された。何とかG1タイトルを手にしたいところだろう。

3番人気には外国馬アルカセットが支持された。この年2005年のフランス・サンクルー大賞の優勝馬である。そのサンクルー大賞以来となる、ランフランコ・デットーリとのコンビが日本で実現。この騎手起用もファンに支持される理由となった。

レースは2003年の優勝馬タップダンスシチーがハナを切って、レースを引っ張る形に。しかし2003年とは違い、この日は好天で、しかも1000メートル通過58秒3のハイペース。4コーナーから直線に入る時も先頭をキープしていたが、坂の途中でさすがに苦しくなった。

タップダンスシチーが直線で失速し、代わりに馬群から抜け出してきたのは人気馬たちだった。まずはゼンノロブロイが先頭に。その内側からアルカセットが迫ってくる。2頭の叩き合いの結果、アルカセットが競り落として先頭に。しかしこれでは決まらなかった。更に後方からハーツクライが襲いかかる。ゴール前は人気馬たちによる激しい競り合いとなった。最後はアルカセットとハーツクライが並んでゴール。写真判定に持ち込まれた。

写真判定の結果を待つファンたちは、その前にあることで驚きの声を挙げていた。走破タイムは2分22秒1。ジャパンカップ史上に残る名勝負と呼ばれた、1989年のホーリックスとオグリキャップの一騎討ちの際に記録された2分22秒2の日本レコードが破られた瞬間だった。激しい戦いの跡を「数字」で表される。そして写真判定でその激戦の結果が明かされる。優勝馬はアルカセットだった。

優勝したアルカセットは予定していた香港でのレース出走を取り止めて引退。急遽、日本で種牡馬となることが決定した。この勝ちっぷりならば、種牡馬としての価値も高くなる、と判断されてのことだろう。そしてハナ差で2着と涙を飲んだハーツクライは、次走の有馬記念であのディープインパクトを破る大金星を挙げることになる。このジャパンカップは非常にハイレベルなレースだったと言えるだろう。


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