ジャパンカップ 2002年

第22回 ジャパンカップ 2002年

2002年のジャパンカップは東京競馬場のスタンド改修工事に伴い、中山競馬場の芝2200メートルで実施された。コースが広くて直線も長い東京競馬場から、小回りの中山競馬場に変更されたことで、外国馬の陣営からは戸惑いの声が上がったと聞く。

そんな事もあって、単勝上位人気馬は日本馬が占めることになった。1番人気は3歳馬シンボリクリスエス。前走の天皇賞(秋)でG1初制覇を果たしている。同じ中山が舞台のジャパンカップでG1連勝を狙う。その天皇賞(秋)で2着だったナリタトップロードが2番人気。1999年の菊花賞以来となるG1制覇に期待が集まった。そして3番人気はジャングルポケット。前年2001年の優勝馬である。

しかしレースは大方の予想に反して、外国馬が1・2着を独占することになる。直線で満を持してシンボリクリスエスが外から末脚を伸ばしたが、その内側にいたファルブラヴとサラファンの2頭が譲らない。2頭が並んでゴールに入り、シンボリクリスエスは3着に敗れた。外国馬同士の1・2着は写真判定にその結果が委ねられた。

写真判定の結果はハナ差でファルブラヴが優勝。しかし、ここで意外なことが起きた。敗れたサラファンのドライスデール調教師が決勝線手前でのファルブラヴの進路の取り方に抗議、審議のランプが点いたのだ。場内は騒然となる。

審議の結果、その抗議は認められず、到達順位通りに確定。ファルブラヴの優勝が確定した。しかし、その後に流れたパトロールビデオを見る限り、どファルブラヴが一方的にサラファンに寄っていったのではなく、双方が寄り合ってぶつかりそうになっているように見えた。その審議が写真判定の結果が出た後に行われたことから考えて、サラファン陣営が僅かな可能性にかけて抗議したものに違いない。レースを行なっている当事者からのアピールで審議となるケースは、日本ではほとんどないだけに、この日の中山競馬場にいたファンは思わぬ形で「世界」を目撃することになった。


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