ジャパンカップ 1995年

第15回 ジャパンカップ 1995年

1995年のジャパンカップで1番人気に支持されたのはナリタブライアン。1994年の3冠馬だが、この年の阪神大賞典優勝後に股関節炎を発症。復帰戦となった前走の天皇賞(秋)は、12着に敗れていた。主戦騎手の南井克巳は落馬負傷で休養中。このレースでは武豊が代わりに手綱を取った。

2番人気はヒシアマゾン。オールカマー、京都大賞典を連勝してのジャパンカップ参戦となった。前年1994年以来のG1タイトル獲得を目指す。

3番人気はアメリカのサンドピット。前年1994年は5着、今回が2度目の来日となった。 2度目の日本ということで、馬も関係者も慣れが見込めるに違いない。

ハナを主張する馬がいないメンバー構成。レースは押し出されるように、タイキブリザードが先頭に立つ。1000メートル通過は61秒0。やはり緩い流れの競馬となった。スローペースの競馬は4コーナーから直線へ。ゴールまでの決め手比べとなる。ならば、ナリタブライアンだ!と思った日本のファンは少なくなかった。しかし、ナリタブライアンは伸びを欠く。それでもその外から、ヒシアマゾンが伸びてくる。日本のファンはヒシアマゾンに期待をかける。

しかし馬場の中央から先に抜けだしている馬が1頭。ドイツのランドだった。外から懸命に追い込むヒシアマゾンだったが、2着に上がるのが精一杯。ランドが1馬身1/2差をつけて、先頭でゴール板を駆け抜けた。

ランドの鞍上はマイケル・ロバーツ。短期免許で日本での騎乗経験を持ち、日本の競馬を知り尽くしていた。このランドはロバーツの「日本の馬場に合う」という陣営への進言で、来日が実現した馬だという。世界も、そして日本も知り尽くした名手によるジャパンカップ勝利に、日本のファンも大きな拍手を送ったのだった。


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