ジャパンカップ 1988年

第8回 ジャパンカップ 1988年

1988年のジャパンカップで、単勝1番人気に支持されたのはタマモクロス。前走の天皇賞(秋)で、オグリキャップとの直接対決を制している。天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)とG1レース3連勝中。このジャパンカップも勝って4連勝と行きたいところ。

2番人気はイタリアのトニービン。この1988年の凱旋門賞馬である。後に日本で種牡馬生活を送り、1993年のダービー馬ウイニングチケットを送り出したことでお馴染みのファンも多いかもしれない。

3番人気は前走の天皇賞(秋)でタマモクロスに敗れたオグリキャップ。タマモクロスとの再戦となる、このジャパンカップで逆転を願うファンも多かった。

レースは日本のメジロデュレンとイギリスのシェイディハイツによる先行争いとなる。シェイディハイツの鞍上は日本の柴田政人が務めていた。1000メートル通過は61秒4と緩い流れとなる。一団で4コーナーから直線へ。横一線の叩き合いになる。

馬群の外から、タマモクロスが抜け出しを図る。世界が相手でも、日本のトップホースは負けない。場内から歓声が上がる。しかし、その「世界」は甘くはなかった。タマモクロスの内側から、抜け出してきたのがアメリカのペイザバトラー。2頭の激しい叩き合いとなる。最後はペイザバトラーが1/2馬身先着する形で、先頭でゴール。タマモクロスは悔しい2着となった。

勝ったペイザバトラーはこれがG1初制覇だった。この年6月のボーリンググリーンハンデと9月のマンノウォーステークスで2着。あと一歩のレースはあった。しかし前走のロスマンズ国際ステークスで9着と大敗。このジャパンカップでは単勝9番人気と、評価が低い馬だった。しかし、そんな低評価を覆しての優勝となったのである。ペイザバトラーは翌年1989年のジャパンカップにも出走し、3着。日本の馬場への適性の高さが評価され、引退後は日本で種牡馬生活を送った。産駒に大井競馬でデビューして1996年の大井記念を、後に中央競馬に移籍して1997年の新潟記念、1998年の函館記念を制したパルブライトがいる。


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